大阪地方裁判所 昭和27年(行)55号 判決 1956年11月17日
原告 藪織物株式会社
被告 大阪国税局長
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
原告訴訟代理人は、「原告の昭和二十六年十一月十日附を以てした昭和二十五年度法人税についての更正決定に対する審査請求に対し、被告が昭和二十七年六月五日為した審査決定は之を取消す」との判決を求め、其の請求原因として、
原告は綿布製造並びに綿糸布の売買を業務とする株式会社であるが原告の昭和二十五年度法人税、確定申告に対し、訴外岸和田税務署長は昭和二十六年九月三十日、所得金額金千三百五十五万三千七百円、同税額金四百七十四万三千七百九十円と更正し、原告に通知して来た。之に対し原告は同年十月十六日審査請求を為した処、被告は昭和二十七年六月五日右請求を棄却する旨決定を為し同月六日原告に通知した。然し原告には同年度に金千八十万円に上る貸倒損失があり之を認めない前記更正決定は失当である。従つて之に対する審査請求を棄却した被告の審査決定も亦失当であるからこの取消を求めると陳述し、被告の主張に対し、
被告主張事実中原告が法人税法第七条の二に規定する同族会社であることは認めるも其の余の事実は否認する。
一、被告は本件貸付が原告より原告代表取締役訴外藪定雄個人に対して為されたもので未だ回収不能の状態になつていないと主張するが貸付の相手方は後掲の表に記載する様に訴外社団法人日本ハイアライ協会(以下単に日本ハイアライ協会と略称)其の他五名の者である。昭和二十三年頃日本ハイアライ協会が東京都に於て設立され次いで社団法人日本ハイアライ大阪協会(以下単に大阪協会と略称)の設立が関係者によつて企図せられていた折原告は右設立認可についての担当者である大阪府保健体育課体育係長訴外木戸浩より右設立に要する資金の貸与方を申込まれたので昭和二十三年五月十日開催せられた取締役会の承認を得た上、次表の如く日本ハイアライ協会及び大阪協会の設立に尽力している運動員に対し合計金千八十万円を貸与した。
貸付先
日時
金額
備考
日本ハイアライ協会
昭和二十三年六月
五〇万円
阪本哲夫
〃〃十月
一〇〇〃〃
運動員
仁尾重人
〃〃十二月
二〇〇〃〃
〃
鈴木健二
〃二十四年一月
二五〇〃〃
〃
何龍瑞
〃〃〃
一二〇〃〃
〃
吉田清春
〃〃〃
三六〇〃〃
〃
阪本哲夫
〃〃
〃
合計
一、〇八〇〃〃
然るに其の後所謂ドツヂライン政策による制限を受けて日本ハイアライ協会は事業不可能となり大阪協会は設立を見ず、右運動員は行方不明となり昭和二十四年中に前記貸付金は何れも回収不能となつたので、之を昭和二十五年度に貸倒金として計上したもので当然損失として処理されなければならない。
二、次に被告は原告の本件貸付が原告の目的の範囲外の行為であると主張するが当時大阪に於ける有数の財界人が大阪協会の設立に賛同し発起人となつていた為、原告も発起人の一員に加はり将来会員として之等財界人と交渉を持つ様になれば原告の事業遂行上有形無形の利益が生ずることが予想され、又既に東京に於て日本ハイアライ協会の設立が認可せられ大阪協会の設立も確実と見られて居り貸付金の回収も何等危虞なきものと考えられたから原告の利益の為に本件貸付を為したものである。従つて本件貸付は原告の目的遂行に必要な行為であり目的の範囲内の行為である。大阪協会が設立されなかつたのは何人も予想しなかつた経済状勢の急変によるもので原告代表取締役藪定雄個人に対し貸付金の回収不能による損害賠償を請求すべき筋合のものでない。以上の如くであるから資産として藪定雄に対する損害賠償請求権を計上しなかつたことを理由とする被告の計算の否認は失当であり又同族会社の行為計算否認は本件の如く専ら会社の利益を図る目的で為された場合には適用すべきものではないのである。
以上の如く被告の所得額認定は事実及法規の解釈を誤り失当であると陳述した。
(証拠省略)
被告指定代理人は主文同旨の判決を求め、答弁として、
原告請求原因事実中、原告主張の各日時に訴外岸和田税務署長が原告主張の如き更正を為し、之に対し原告は審査請求を為した処被告がその主張の如き審査を為した事実は認める。
原告は本件確定申告の際昭和二十五年度貸借対照表を添付し岸和田税務署長に呈示したが、同貸借対照表損失の部には金千八十万円の貸倒損失が計上されて居り同税務署長の調査したところによると以下に述べる様に其の処理は事実に反して誤つていると認められたので之を損失と認めず資産と認定し、其の余の部分は概ね正当と認められたので右貸借対照表の記載に従い原告の所得額を認定した。
即ち
一、前記貸倒金は原告の帳簿上日本ハイアライ協会他五名に対する貸付金として記載されているが実体は原告より訴外藪定雄に貸付けたものである。当時日本ハイアライ協会関係者が大阪協会設立に必要な資金の貸与方を申出たところ、右藪定雄は貸与し得る資金の持合せが無かつたため自己が代表取締役として支配的実権を有する原告より借受け前記日本ハイアライ協会等に貸付けたものである。この事情は原告の事業目的より充分推測し得る。
従つて原告の藪定雄個人に対する本件貸付金は未だ回収不能とはならず右貸付金を貸倒金として損失の部に計上したのは誤であり貸付金として資産の部に計上すべきものである。
二、又右貸付金が藪定雄に対して貸付けたものでなく原告より直接に日本ハイアライ協会等に貸付けたものであるとしても貸倒金として処理した原告の前記計算は左記の如く法人税の負担を不当に減少させる結果となるので岸和田税務署長は昭和二十六年九月三十日、法人税法第三十一条の二に基き之を否認した。即ち原告は法人税法第七条の二に規定する同族会社であるが代表取締役である藪定雄は定款に規定する綿布製造販売並びに綿糸布売買の業務目的を超え前記日本ハイアライ協会其の他五名の者に合計金千八十万円を貸付け、その結果右貸付金は回収不能となつて原告に右貸付金相当の損害を生ぜしめた。右は代表取締役に課せられた忠実義務に違反する行為で藪定雄はよつて生じた損害に対し賠償すべき義務がある。
従つてこの場合の記帳方法は通常貸倒損失の引当てに新に資産勘定に代表取締役に対する損害賠償請求権を計上すべきである。然るに原告は藪定雄に対し損害賠償請求権を取得したに拘らず之を資産として計上せず単に貸倒損失として処理してしまつた右の如き計算を容認するときは原告の法人税の負担を不当に減少させることになること明であるから前記の如く之を否認し、右貸付金に相当する損害賠償請求権が資産として現存するものとして原告の所得額を認定したのである。
以上の如く岸和田税務署長の認定した所得額に何等不当の点なく従つて被告の審査請求棄却の決定も又正当であるから原告の本訴請求は失当であると陳述した
(証拠省略)
理由
原告が訴外岸和田税務署長に対し昭和二十五年度法人税確定申告を為したところ同税務署長よりその主張の日時に、原告主張の様な更正が為されたこと、これに対し原告は審査請求を為したところ被告はその主張の様な決定を為し、その主張の日に原告に通知したことは当事者間に争ない。
被告は原告作成の帳簿貸借対照表によれば金千八十万円に上る貸倒損失の記載が為されているが右は原告代表者藪定雄個人に対し貸付けられたもので未だ貸倒の事実はないと主張するに対し原告は之を争うので判断する。
成立に争のない甲第二号証の二及三、同第三号証、同第六号証の一乃至四、同第八号証並びに証人木戸浩、同藪田長三郎、同森田森の各証言及び原告代表者本人尋問の結果を綜合すれば、昭和二十二年十一月二十四日、所謂ハイアライ競技事業を目的とする日本ハイアライ協会が東京都に於て設立され、次いで関係者によつて大阪協会の設立が企図されたが右事業は地方税収入の財源となるため、大阪府保健体育課体育係長訴外木戸浩は設立認可の事務担当者として積極的に右協会の設立促進に当り、個人的に交遊のあつた原告代表者藪定雄に対し右設立に要する資金の貸与方を申込んだところ、同人は之を承諾し、原告主張の如く昭和二十三年六月より翌年一月迄の間数回に亘り原告の不表現資産である別口預金(B勘定)より合計金千八十万円を引出し、之を日本ハイアライ協会其の他五名の者に貸付けたこと、其の後所謂ドツヂ政策によつて設備面資金面の制限を受け日本ハイアライ協会は事業不可能となり、大阪協会は設立に至らず貸付の相手方である運動員は何れも行方不明となり前記貸付金は昭和二十四年に於て全く回収不能となつた事実を認定することができる。右認定に反する証拠はない。而して会社の代表者が何等の留保なしに会社資金を他人に貸与するときは、特に反対の事情の認められない限り会社、他人間に該貸借契約が成立したものと解されるところ、本件に於ては各証拠を検討するも右藪定雄が個人として原告より金員を借受け、個人として之を他人に貸与したとの特別の事情は認められず従つて前示認定の消費貸借契約は原告と日本ハイアライ協会其の他五名の者との間に成立したものと認めざるを得ない。然らば原告は右貸付金の回収不能による同額の損失を蒙つたものでこの点の損失なしとする被告の主張は理由がない。
次に被告は仮に原告に貸倒損失があつたとしても右貸付は藪定雄が原告の目的の範囲を超えて為した行為であるから原告は藪定雄に対する損害賠償債権を取得していると主張するので先ず本件貸付が原告の目的の範囲外の行為であるか否かにつき判断する。成立に争のない甲第九号証によれば原告の定款には其の目的として「綿布製造並びに綿糸布の売買」と記載されて居り、金銭の貸付については記載がない。或行為が会社の目的の範囲内であるというには定款の記載から一般に推理演繹された目的自体に属する事項のみならずその目的達成に必要な事項をも含むものと解されているが、右綿布製造並びに綿糸布の売買という目的自体の中には金銭の貸付という事項は通常含まれないこと明らかであり、結局本件金銭貸付が右目的達成に必要であるか否かが判断の基準となるものと解される。よつて以下この点につき検討するに、成立に争なき甲第六号証の三によつて認められる如く日本ハイアライ協会同大阪協会は何れもスポーツであるハイアライ競技を普及助成し国際観光事業その他公益事業を行い、よつて生じた事業益金は之を地方公共団体の復興事業に寄附する等公益を目的とする公益社団法人であつて、原告の事業遂行上取引関係乃至は利害関係なく従つて同協会に金銭を貸与することにより原告に何等かの反射的利益があるとも考えられず又一般にこの種の協会に金銭を貸与することが社会の一員としての義務若しくは儀礼、社交手段とも考えられていない。従つて原告が右協会等に金銭を貸与することは原告の目的達成に必要なものとは解されず、同様趣旨により未だ設立されない大阪協会の設立を企図している運動員にその資金を貸与することも亦原告の目的達成に必要でないものである。然も本件貸付は前示認定の如く藪定雄が個人的知己より懇請されて為したもので利息を取得する等原告の営業的行為として為したものでもない。
原告は大阪に於ける有数の財界人が右協会の会員となることが予想されるから右協会が設立され原告が之に会員として参加すれば原告により有形無形の利益があると主張するか成立に争なき甲第六号証の四、第七号証の四を綜合すれば結局会員となるのは藪定雄個人であり同人が前記の如き公益法人の会員となるも会員同志の交際により当然原告に利益の生ずるものとは考えられず、然も協会設立以前の運動者に金銭を貸付けるに於てはその貸付行為と原告主張の利益との因果関係は更に疑はしいものである。藪定雄が原告の利益になると信じて貸付けたとしても、或行為が会社の目的の範囲内であるかどうかの判断は行為の性質を客観的に観察して為すべきもので、右の如き主観的事情は斟酌することができない。よつて原告の主張は理由がない。
さうすると原告代表者藪定雄は原告の目的を超え行き過ぎた貸付を為しその為原告に金千八十万円の損失を負はせたことになり、取締役として最も重要なる会社資本充実の責務に違反し、商法第二百五十四条の二、二百六十六条に基き原告に対し損害賠償責任を負うものである。原告は右損害発生と同時に何等の意思表示なくして藪定雄に対する損害賠償請求権を取得し、然も原告は積極的に之の履行を求めねばならぬ関係に立つものである。従つてこの場合前記貸倒損失に対称して損害賠償請求権(資産)を取得したことになる。
而して本件被告の所得額認定は右金千八十万円の貸付金が損失になつたか損害賠償請求権等他の資産に変つて現存するかゞ唯一の争点となつて争はれて居りその余の認定については弁論の全趣旨に徴し争なきものと認められるから右のような損害賠償請求権が資産として現存していると認定された以上その余の点に判断するまでもなく岸和田税務署長の本件更正は正当であり被告の為した審査決定も又正当と云はねばならない。
よつて原告の請求を失当として棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 乾久治 松本保三 井上孝一)